白い息

 

 はぁ、と息を吐く。
 白い靄のようなものが広がって、歩くラルム・オーの脇を通り抜けていく。
 水精季に入ったから寒いんだよ、と言われても、暦というものを知ってまだ日が浅いラルム・オーには、なんだかよくわからない。
 水の精霊の力が強くなる時期なのだと説明されれば、確かに自分を取り巻く精霊たちがいつもよりも生き生きとしているようで、少し納得した。
 色の違う敷石が波紋のような模様を描く通りを、ラルム・オーは一人で歩いている。
 ついこの間まで、必ず出歩くときにはアルジャンが傍についていたのだが、最近では決まった場所に行くときだけ、一人でも良いことになった。
 ここのところ、アルジャンは仕事が忙しく、ラルム・オーに四六時中ついてやるというわけにも行かない。家に閉じ込めてしまうよりは、少し不安でも外に出してこの世界に慣れていったほうが良いというのが、彼の考えだった。
 森の奥で、精霊たちに囲まれて過ごしていた頃、ラルム・オーは肌に沁みるような寒さというものも、あるいは焼けるような暑さというものも感じたことがなかった。いつでも水によって ラルム・オーは守られていた。
 今、ラルム・オーの頬は冷気にほんのりと赤みを帯びている。
 寒さというもの、冷たさというもの。
 それらを感じる、ということを少しずつラルム・オーは学んでいく。
 もう精霊が守ってくれなくなったというわけではない。
 やさしい彼女たちは、大丈夫よ、と囁いてくれる。相変わらず、雨や雪といったものは、ラルム・オーの身に触れることはない。
 ただ、精霊とは別に、ラルム・オーは自分を守るものを手に入れたということだった。
 袖の長い服、暖かな上着、厚い靴。それから、"家"――あるいは"家族"というもの。
 アルジャンは、ラルム・オーのために色々なものを揃えてくれた。
 彼は優しい。彼と一緒にいれば大丈夫なのだと、思う。
 けれど、時折、急に不安にもなる。
 心で会話する精霊に依存してきたラルム・オーは、まだ声に出して何かを伝えるということに慣れていない。
 自分の思いを、どう音にしていいのかも、よくわからない。
 だから、その不安はラルム・オーの中でも確かな形を持つことはなく、ただ、もやのようにあるばかりだった。
 はぁ、と息を吐く。
 吐き出された呼気は、さぁ、と白くなる。
 どうして白くなるのかということも、ラルム・オーは知らない。
「ラルム!」
 顔を上げると、ちょうどすぐ前の店の扉が開いたところだった。いつの間にか、ラルム・オーは目的地の傍で立ち止まっていたらしい。
「どうしたんだい、寒いだろう。早く中へおはいりよ」
「……」
 自分よりも背の高い癖毛の少年 ――― ロンに言われて、ラルム・オーは小首を傾げる。
 店の中が暖かいということは分かっていたが、すぐにそちらへ行きたいというほど、寒さを感じていなかった。
「あ、別にうちに来たわけじゃないのかな」
 早とちりしたと慌てる彼の息も白い。
 思わずじっと見つめたラルム・オーに、ロンはなんだか分からないまでも、笑顔を浮かべた。
「ラルム、急ぎじゃないなら、うちによっておいでよ。この間言ってたケープもだいぶ出来たんだ」
 こくり、とラルム・オーは頷いた。
 ロンの手はいろんなものを作り出す。ラルム・オーにはそれが物珍しく、楽しい。
 失敗した、とよく彼は言うが、ラルム・オーにはそんなこと関係がなかった。
「わ、こんなに冷えて。今度、手袋も作ってあげるよ」
 ラルム・オーの手に触れて驚いたようにロンが言う。
 中で暖炉にあたると良い、と促されて、ラルム・オーは彼の開けてくれた扉をくぐった。
 はぁ、と吐いた息の切れ端が、閉まった扉の外で白く散った。

 

fin.
 

冬の話を書いて、と言われて。
ロン@秋吉さん、お借りしています。なんかこっぱずかしい……
2007.09.30
2007.12 掲載 地の文、「ラルム」→「ラルム・オー」に修正。ちょっと、鬱陶しいかな…。