Sherany
 

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 豊かさというものに縁遠く見えるシェラニーだが、しかし海沿いには活気がある。軍の物資や軍隊が海路を往来するため、自然、兵士のための宿場街が盛んになり、武具や馬具を扱う店も立ち並ぶ。
 その日、クルールが立ち寄ったのは鍛冶街と呼ばれる街のひとつで、その名の通り鍛冶屋がひしめきあう街の中は、日中だろうが夜中だろうが、どこを歩いても槌の音が喧しい。
 家屋は皆、無骨に切り出された石材を積んで作られており、必ず煙突が二本以上あるのが特徴的である。製鉄用の竈と食事用の竈とが、それぞれの家屋にあるためだ。複数の弟子を抱えるような規模の大きい鍛冶屋であれば、竈の数も一つや二つではないから、それだけ屋根へ突起が増える。
 しかし、クルールが向かったのは煙突が二つだけの、極小さな鍛冶屋だった。補強用の黒い鉄を嵌めた木戸には、<Adelaide>という文字が、周囲の無骨さに反するような丁寧さで彫られている。
 自分の背には少し足りない戸を押し開けながら、潜るようにして中へ入る。室内の天井は高いから、頭を縮める必要は無かった。
「邪魔するよ」
「……ああ、あんたかい」
 槌の音は響いていない。丁度、一仕事終えた後だったのだろう。
「アダレイド、久しぶりだね」
 店主にしてこの店唯一の職人が、凝りを解すように肩を回していた。
 その身長がクルールの胸元にも届かないほどであるのは、ドワーフという種族の特徴だ。煤のついた肩や腕の筋肉はこれでもかと発達し、その顎には豊かな髭が蓄えられていたが、しかしアダレイドという名を持つその店主は、紛れも無い女であった。
 華奢で優美な姿を持つエルフの目からすれば異様とも言える姿形のドワーフたちであるが、しかし案外に仲は悪くない。
 クルールの一族は多くのエルフがそうであるように、あまり外部との関わりを歓迎しなかったが、ドワーフたちとは交友を持っていた。
 器用な彼らの手が生み出す銀細工や宝石細工を、美しいものを尊ぶエルフは愛したのだ。
 だが、ここにいるアダレイドが手がけるのは、そんな煌びやかなものではない。
「仕事だろう、前置きは良いからさっさと獲物をだしな」
「うん、頼むよ」
 まずは懐から短剣を二本。次に、細身の剣を一振り、腰から剣帯を外しそれごとカウンターへ置く。剣帯は、革の部分が一部鋭利な刃物で裂かれたようになっている。
「ついでに此処も修理しておいてくれないかい、ハーピーの爪にやられてね」
「追加料金取るよ」
「わかってるよ。極上の葡萄酒を付けても良い」
 酒豪の女ドワーフはその言葉ににやりと笑うと、手馴れた様子で剣を抜いた。
「随分、荒い使い方をしたもんだね」
 装飾の一切無い簡素な諸刃はところどころ欠け、拭いきれなかった血糊と脂に輝きを失っている。
 確認せずとも、残りの短剣も同じくらい酷い有様だろうことはすぐに分かった。鞘に巻かれた布が、赤黒く染まっている。
「数が多くてね。馬も死なせてしまった」
「ハーピーかい?カルヴァナ山脈の辺りで最近やたら増えてるって話だけどね。こっちにまで出るようになったのかい」
 ラフォールの西方に位置するカルヴァナ山脈で、ハーピーだけでなくグリフォンといったモンスターがよく出没するという話は、クルールも聞いていた。あの辺りにある鉱山では、そのせいで閉鎖に追い込まれた例も少なくは無いということだ。
「さぁ。……あの辺りに知り合いでも?」
 山麓にはドワーフの住む集落も複数あるということを思い出して、クルールはたずねた。
「まあね、いないこともない。モンスターに追われて、こっちへ移ってきた連中もいるしね」
「ふぅん」
 アダレイドは短剣の検分に移っている。
「あんたも、一人であんまりふらふらしてるとその内、餌食になっちまうよ」
「ご心配ありがとう」
「あたしゃ、顧客の減るのを心配してるだけさね」
 ふん、と鼻を鳴らしたアダレイドに、クルールは声を立てて笑った。
 彼女とは、クルールが初めてシェラリーを訪れたときからの付き合いである。
 鍛冶屋は腐るほどあるが、腕の良いドワーフの職人がいるところが良いと思って選んだ。
 人間にも鍛冶に長けたものはいるが、クルールの此処を訪れる周期は彼らには長すぎる。二度目に訪れたときにはその職人が死んでいた、では困るのだ。
 その点、アダレイドであれば、同族とのようにまではいかなくてもある程度の長い付き合いが期待できるし、弟子もいないから常に力量の確かな彼女自身に手がけてもらえる確証がある。
「……初めて来たのはいつだったかな、……三百年くらい前?」
「馬鹿。その頃にゃ、あたしはまだ塵ッカスだよ。ったく、エルフの時間感覚にはついていけないね」
「それは失礼」
 呆れきった口調で言われ、クルールは肩をすくめた。
 

Sherany 3
 

 鍛冶街とか鉱山のあたりは公式設定を織り込みつつ。
 描くのは難しいドワーフだって、小説ではやりたい放題です(笑)性差がほとんど無いんだろうなぁ。
 女だてらに腕の良い鍛冶師って格好いいなぁと思って。ドワーフの寿命は公式では数百年ってありますが、3、400年位かなってイメージです。
 全く働くことを知らないような女も好きですが、働く女も好きです。

 まだ続きます……。というか、最初に書きたかった部分はこのあと……。
 宗教関連のことも描きたいなー。