漫画:秋吉 小説:イケダ

Trade Fair

 

 

 

 

 ラルム・オーは、普段から人の意見に逆らうことなどほとんどない娘である。ましてや、家族を除けばもっとも親しい男からの誘いとなれば、断るはずもない。
 途中で口を挟んだアルーガルドの物言いや、いつもとどこか違うロンの様子に不審を感じなかったわけではないが、深く考えはしなかった。
「うん、行く!」
 快諾すると、すでに意識は目の前に出されたバナナタルトにむけられている。ポットから注がれた紅茶の、良い香りが漂っていた。

 当日、家まで迎えに来たロンと共に、ラルム・オーは見本市の会場に来ていた。
 身にまとうのは、先日、親しい者同士が贈り物をするという風習のある聖人の日に、叔父から贈られた衣装である。贈り主はクルールだが、作ったのはロンだ。まだ一度も着たことがなかったので、ペシュが良い機会だと着るように勧めたのである。白い服地に濃淡のある青い糸で花の意匠が刺繍された清楚なワンピースで、まだ寒いこの時期は、厚手の布で作られた濃紺の外套を羽織るようになっている。
 最近はおろしていることも多い髪は、たまたまロンよりも先にクローデル家へ顔を出したその叔父の手によって、綾紐と簪とを使い、丁寧に結い上げられていた。わざと緩くたわませた前髪の脇には、服の色に合わせて白い花が挿してある。
 普段よりも少しめかしこんだ格好だが、当然、ラルム・オーの中身はいつも通りだった。
「すごい人」
「年に数回しか行なわれないからね。色んなところから卸問屋が集まってくるんだよ」
 会場は、公民館の一番広い部屋が二つ、貸しきられている。この街はカストリアの中でもグランベルクに近いので、そういった施設が充実しているのだ。
 数え切れないほどの机が並べられ、その上へ多種多様の生地が広げられていた。
 布を出品する側も買い付けに来た側も、各地から集まっているので、ざわざわとした話し声に耳を済ませば、いくつもの方言が交じり合っている。
 見習いらしい少年もいれば、熟練らしい中年の男もいる。女の姿もあるが、どちらかといえば少ない。 うつくしい服飾品に目がないのは女性の方だと相場が決まっているが、不思議と、職人には男が多い。
 今日、お披露目されている布のほとんどは、風精季を通り越して火精季向きのものである。今から水精季の布を買いこんでも、ほとんど売れる当てがないからだ。オーダーメイドにしろ既製品にしろ、半年以上は季節を先取りするのが一般的だ。
「やあ、ロン君じゃないか。お父上はご健在かね」
 急に、通路の向こう側からやってきた恰幅の良い男が、親しげに話しかけてきた。ロンの父親も、同じように仕立て屋であるから、その男も仕立て屋かそれに類する職についているのだろう。
 簡単な挨拶のあと、男の目がロンの隣へ向いた。
「おや、こちらのお嬢さんは?」
「えっと、彼女は幼馴染で……」
「ラルム・オーって言います。こんにちは」
 ラルム・オーがにこりと笑むと、男も気持ち良さそうに笑う。
「良い仕立ての服を着ているな、君の仕事か」
「ええ、恐れ入ります」
 それから、仕事関係の、ラルム・オーにはよくわからない話題になった。
 二人が旧交を温めている間に、ラルム・オーは脇の机をのぞいた。
「きれい」
 火精季に相応しい、薄い軽やかな質のものや、淡い色合いのものが多い。周囲の人間のまねをして、それらの布を眺めたり触ったりしていると、服飾のことは全く分からなくても、充分に楽しい。
 服地だけでなく、リボンやレースばかりが置いてある机もある。生成りのもの、金糸を縒って編んだもの、草花で優しい色合いに染めたもの ―――。
 まったく、見ていて飽きなかった。
「かわいい。ロザリーちゃんも来たらよかったのに」
 幅広の凝った意匠のレースは、いかにもあの少女が好みそうである。
「ロンのにいさま、……」
 同意を求めようとして顔を上げ、ラルム・オーは、いつの間に同伴者とかはぐれたことに気がついた。

2008.03.07

coming soon.....?
 

 リレー創作を始めました!今ちょっと滞ってるので、出来ているところまでUP(笑)

 小説と漫画混じっててすみません……わたし、物書きなんで……。布の見本市なんか知らないよ!というのが全面に出て、文章凄くぎこちないですね。うえー。
05.01 ikeda