おい、
 


 それを目にした瞬間、ラルム・オーの足は自然と歩みを止めていた。
 両脇に露店の立ち並ぶ賑やかな大通り、品物の並ぶ店先に視線を落とす彼女に、髭面の店主が愛想のよい声をかける。
「これなんかどうだね、似合うよ、お嬢さん」
 店主の太い指が示す品々に、ラルム・オーは淡く微笑んで首を傾げた。
 そこは木や硝子の箱に入れるほど気取っていない、他愛ない装飾品を売る露店であった。植物や鳥を象った模様の細工を施された金や銀、それによく磨かれた様々な色の石はどれも綺麗ではあったが、金属を厭う精霊と生を共にする彼女にはいずれも不要のものである。
 何故、自分は立ち止まったのだろう。
 そういう不思議さを感じて、ラルム・オーは瞬き、自分の眼差しの先にあるものを認めた。
 小さな粒が二つ、彼女を見返すように深い青色を湛えている。
「何か欲しいものがあった?」
 声をかけたのは店主ではなく、叔父のクルールである。
 この賑やかな通りへ向かったときには、数日前からこの街にとどまっている二人のエルフを加えて四人であったのだが、雑踏を歩むうちに、いつの間にかはぐれてしまっていた。
 幼い子供が迷子になったと言うわけでもないので、クルールはそのことをさほど気に留めていない。
 アルカンスィエルが一人でいるとすれば不安がないわけではないが、ミストラルがついているなら安心である。
 彼は姪の視線が落ちていたあたりを見遣り、見当をつけたそれを手に取った。
「ピアス?……これは、藍方石アウインかな。良い色だ」
 ただ半円型に研磨された石がはめ込まれただけの耳飾であるが、飾り気のなさが逆に石の色を引き立てている。
 叔父の言葉に、ラルム・オーは己が目を奪われた、そのわけを知った気がした。
「ロンのにいさまの目と、同じ色だわ」
 青天のアオよりも濃く、星天のそれよりも深く澄んだ色である。
 ラルム・オーは精霊の見せる夢の色を思い出した。それは、幻想の中にだけ存在する水底のアオであり、世界の本質を染め抜くアオである。
「きれい」
 金具には銀を使っているから、当然、ラルム・オー自身が身に着けることは叶わぬ装具だが、彼女が珍しく興味を ――― もう少し言えば、執着心をその石に対して抱いたようにクルールには見えた。
 娘の手が、クルールの袖を引いた。
「おじさま、私のお財布、ある?」
 ファラトリアで用いられている貨幣は、銀貨であるから、シャーマンの彼女は普段財布すら持ち歩かないことが多い。今日は、クルールがペシュからそれを渡されて預かっていた。浮世離れしたラルム・オーが、厄介事を引き起こさないようにとの配慮である。
「あるよ。買うのかい」
「うん」
 自分のためにとも誰のためにともいわなかったが、その石と同じ目をしていると言う男に贈るだろうことは簡単に想像がつく。
 此処にアルカンスィエルがいれば面倒なことになったに違いない、とクルールは思いながらも、口に出しては何も言わずに、預かっていた財布を持ち主の手に渡す。
 クルールは人に物を買うのが好きなたちだが、第三者への贈り物ということなら、まさか買ってやるわけにもいかなかった。


 父との再会を待つでもなく、ラルム・オーは馴染みの仕立て屋へと向かった。
 店主に銀貨を支払い、耳飾を受け取った彼女がそわそわと落ち着かないのを見て笑ったクルールが、そうするよう促したのである。そのあと、自分ひとりがアルカンスィエルと再会すると説明が面倒なので、彼もまた人知れず雑踏に紛れた。
 急ぎ足と言うわけでもないがわき見をせずに進むラルム・オーの手には、小さな布袋が握られている。露店では品物をわざわざ包むようなことはしてくれないので、花布で作られたそれは彼女の叔父が手持ちのものを与えたのである。
 店に入ると、まず其処にいたのは目当ての人ではなく、店番をしている青年だった。特別親しいわけではないが、ラルム・オーと店主の間柄を知っているので、快く店の奥へ通してくれる。
 店主は、奥の裁断室で仕事中だという。
「ロンのにいさま」
 ラルム・オーはその人の名前を呼び掛けながら扉をそっと開けた。
 腕まくりをして作業台に向かっていた男が、顔を上げる。
 見慣れたその面にやさしい笑みが浮かぶ。
「ロンのにいさまに、あげる」
 なんの前置きもなしにそう言って布袋を差し出したラルム・オーもまた、自然と笑顔になっていたのだった。

 

fin.

 初めての贈り物をしよう!という小話でした。ロン@秋吉さん、お名前お借りしました!
 ラルムは超自然体がコンセプトなので、正直、ラルム主体の話は書きづらい……。
2008.03.03
 青い石といえばラピスラズリですが、ありきたりだからなーと思ってアウインにしました。が、実際は高くて手なんか届かない。あは。