家族
 



 物心ついた頃、ペシュには姉ができた。
 薄い金色の髪と、澄み切った青い目の姉は、その色も含めて、自分とはいろんなことが違った。
 ねえさん、と呼んでも返事をしないので、ペシュは父と同じように彼女のことを「オー」と呼んだ。これも、父に言わせれば彼女の本当の名前ではないらしいが、ペシュにはよくわからなかった。
 オーはペシュよりも背が高く年上であることは明らかだったが、あまり喋らず、二人でポリィおばさんに家事を教えてもらっても彼女にはうまく出来ないことの方が多かった。
 そのうちに、ペシュは三人家族の中で一番うまく色んなことが出来るようになったので、自分が家事を担当することを自然に受け入れた。
「オー」
 緑の下草の上へ、小さな虹がかかっている。
 庭の水撒きは、唯一、オーに任された仕事だった。彼女は、精霊の力を借りて水を自由自在に――というわけにもいかないこともあるが――操れたので。
 ペシュが呼ぶと彼女は振り返って、「なぁに」と問うように小首を傾げた。
 その周りで、ときおり青い光がちらちらと瞬く。
 オーの目にははっきりと姿が映っているらしい、それらの精霊たちは、ペシュの目には一瞬の閃きとしてしかとらえられない。アルジャンには、時折気配が分かるだけだ。
 その光をじっと見ていると、オーは不思議そうな顔をして、その耳をぴくりと動かした。
「……オーにはどうして精霊が見えるの?」
 ペシュのまわりには、他に精霊を使役するようなものはいなかった。
 アルジャンが仕事でかかわりを持つのは、紡績や染色などに携わる職人ばかりであり、長じてオーが所属することになるギルドの者たちと接する機会はなく、またそれなりの規模を持つ街にはきちんとした医学を修めた医師がいて、小さな集落に存在する治療師や呪術師と呼ばれるいわゆる民間のシャーマンはいなかった。
 オーはしばらく黙ったままで、ペシュも黙ったまま返事を待った。
 すると、少し戸惑うような顔をして、オーはやっと口を開いた。
「わからない、わ……ペシュには、どうして見えないの」
 ペシュの中では、精霊を見ることが出来る者の方が珍しいのだが、オーにとってはそうではないらしい。
「わかんない。……あたし、精霊にきらわれてる?」
 オーは首を横に振った。
「ペシュはやさしい。アルのにいさまも。……みんな、好き」
 ちらちらと青い光がオーの傍でひかる。
 ペシュはためしにその光を掴もうと手を伸ばしてみたが、何の感触もなく、光はらくらくと逃げてしまった。
 オーがおかしそうに笑う。
 もし自分の目にはっきりと精霊が見えたなら、それはきっとこんな姿をしているんじゃないだろうかと思う。
 伸ばした手の行き場がなくなったので、ペシュはなんとなく、姉に抱きついてみた。
 長く伸ばされた髪がさらさらと心地よい。
「ペシュ?」
 怪訝そうにしながら、オーも抱き返す。
「さむいの?」
「ううん」
 今は三人家族だけれど、いつか、オーは自分には瞬きにしか見えない精霊と同じように、ふいといなくなってしまうのではないかしら。
 ペシュは思った。
 

fin.

 子ラルム&ペシュ話。三人が一緒に住むようになって、数年後?
 本当は耳の話を書こうと思ってこれを書きはじめたんですが、辿りつけそうにないので切り上げて、別にはじめたのでした。
 当初、ラルムは、精霊が見えない人がいるなんて考えたこともなかったろうと思います。
2007.11.19