死滅回遊の
 



「まぁ、いらっしゃい、クルール。ハルは今資料館の方に行っているのだけど」
 応対に出たドワーフのメグに、クルールは手土産の包みを差し出しながら微笑んだ。
「仕事か。待たせてもらっても良いかな」
「ええ、もちろん。入って。夕方には帰ってくるわ」
 エッカート家は煉瓦造りのこじゃれた作りをしている。
 大通りから少し外れた庶民ばかりの区画ではあるが、その中でもそこそこに財力のある人間が集まっているので、清潔で、活気があり、賑やかだった。
「あら、おいしそうなクロワッサン。これは木苺のジャムね」
「資料館の傍にある店おいしいって、聞いてね」
「ああ、<カフェ・ウールー>ね。わたしも連れて行ってもらったことがあるわ。いま少し出しましょうか」
 メグは楽しそうに言って、皿とカップを用意し始めた。
 クルールはこの家を訪れるのももう数度目のことで、すっかり慣れているので、外套を脱いで長椅子の背凭れにかけると、そこに座った。
「クラリスは?」
「ハルと一緒よ。つい引きこもりがちだけれど、それじゃいけないからって、時々連れて行くの。とてもやさしい博士がいらっしゃってね、あの子にもよくしてくれるの」
「ふぅん」
 メグは、茶器とクロワッサンを載せた盆をクルールの前に置いた。
 向かいに席に座り、ポットの紅茶を二つのカップにそそぐ。
「どうぞ。これ、この間あなたに頂いた茶葉よ。とてもおいしいわ」
「ありがとう」
 きれいな色をした紅茶に唇をつけながら、クルールはふと、彼女と二人きり出会うのがはじめてであることに気がついた。
 いつもは、ハル ――― ヘンリーかクラリスがいる。
 愛妻家のヘンリーが知ったら妬くかな、と他愛もないことを思う。
「……ひとつ聞いても良い?」
「ええ、どうぞ」
 相手がなにを聞こうとしているのか分かっているかのように、メグは微笑んだ。
 クルールは彼女の年を知らないし、少なくとも自分よりは年下だろうと思っているが、それでも様々な経験を積んできた人だ、と思う。
 そうして、そんなメグを尊敬してもいた。
「ヘンリーとどうして結婚したんだい」
 ドワーフの、ふっくらとした小ぶりの手の薬指には、人間の風習にそって誓いの指輪が嵌められている。
 飾り気のない銀色の指輪。内側には二人のイニシャルが刻まれている。
 ヘンリーの左薬指にも同じものが嵌まっているはずだ。
「あの人がわたしを愛してくださったから」
「愛してるのは、ヘンリーの方だけ?」
 彼が聞いたら泣くだろうと笑いながら、尋ねる。
「いいえ。わたしも、あの人のことがとても好きだし、こうして一緒に暮らすことが出来てとても幸せだわ。……この気持ちが、あの人の持っているものと同じ愛情というものかどうかは分からないけれど」
 ドワーフと人間。子供を作りようがない異種族同士の特別な交わりは、クルールには理解が出来ない。
 彼自身は、同じエルフ以外にそういう気持ちを持つことはないだろうと思う。
「傍にいてあげたいって、思ったのよ」
「怖くはないの」
 主語はなかったが、メグがそれを問い返すことはなかった。
 紅茶を飲み、ゆっくりとカップを受け皿に戻して応える。
「わたしも、交際を申し込まれたときにハルに言ったわ。でも、彼は構わないって言ってくれた。大事なのは、一緒にいられる時間の長さではないって」
「ヘンリーらしい言い分だ。ロマンティストだからね、彼は」
 真顔で言ったクルールに、メグはおかしそうに笑った。
「ふふ、そうなの。でも、わたしはハルのそういうところが好きだわ。……残されるわたしと、残していく彼の、どちらがより可哀想かなんて、考えるだけ無駄でしょう」
「そうだね」
 クルールは異種族同士で結ばれた二人のことを理解できはしないし、理解しようとも思わないが、その種族の差ということを考えたとき、悲嘆に暮れない彼女たちの生きる姿勢は好きだ。
 覚悟があるならば、きっとその愛はうつくしい。
「クルールは?あなたに、そういうひとはいないの」
「……いたよ。昔ね。同じ、エルフだったけれど」
 平生、時に拘泥しないエルフである彼が口にした昔、と言う言葉に、メグは微笑んでそれ以上何も言わなかった。その目はとてもやさしい色をしている。
「クロワッサンをいただきましょう。このお店のは本当においしいの。食べたことある?」
「いや、今日初めて買ったから」
 評判のクロワッサンは木苺のジャムとよくあい、紅茶との相性も抜群だった。

 

*          *          *



「なに話してたんだ?」
 夕方になって帰宅したヘンリーは、妻の淹れてくれた紅茶を手にクルールと向き合っていた。
 クラリスは疲れたのか寝てしまってい、メグが部屋に連れて行ったところだ。
「気になるかい?」
 紅茶のお代わりを断ったクルールは、長椅子の背凭れに身を預け、足を組んで座わりながら、笑みの滲む目を相手に向けた。
「ハルのことだよ」
「……俺の話だぁ?」
 ますます何を話していたんだと、ヘンリーは訝しがる顔になった。
「なんで、メグみたいな出来たひとがハルみたいな男と結婚したのかと思って」
「お前な……」
 いまさら、このくらいではヘンリーも怒ったりはしない。
「メグに手ぇ出すんじゃねぇぞ、お前」
「出すわけないだろう」
「メグにどんな不服があるって言うんだ」
 手を出して欲しいのか欲しくないのかよくわからないことを言ったヘンリーに、クルールは笑った。
「まぁ、安心して良い。僕はドワーフに惚れたりしない」
「種族が関係あるものか」
 途端、ヘンリーは顔を顰めていった。
 ドワーフを妻に持ち、シェイプチェンジャーを養子にするような人間だから、常日頃から彼は差別や区別に敏感だ。
 とはいえ、クルールにしてみれば、そんなつもりは微塵もなかった。
 ヘンリーがいくら同じ"ひと"だろうと言っても、種族の違いは歴然としてあるのだ。
「ありえないよ」
「やけに強く言い切るんだな」
「当たり前じゃないか。そうだな、……犬猫を可愛いと思えど、欲情はしない。それと同じことだよ。種が違うというのは、ね」
 出来るだけ分かりやすい例を取り上げたつもりだったが、クルールの予想通り、ヘンリーは酷く気分を害したらしかった。
「お前にとっちゃ、俺たちは犬猫と同じか」
 吐き捨てるように言う彼へ、クルールは薄い笑みをむける。
「種が違うという点では同じだ、ということだよ、ヘンリー。……種を残せない相手に性的欲求がもてないのは、生物学的に必然のことじゃないか。そうでないというのなら、その種族が滅びの道を辿り始めてるんだろう」
「子供を産むことだけが、恋愛じゃないだろう」
 だから君はロマンティストだというんだ、とクルールは心の中だけで呟いた。
 それとも、クルールがそう思うのは、彼がエルフで、ヘンリーが人間だからだろうか。
 エルフと人間ではこどもの希少性が違うといえば、また、ヘンリーは顔を顰めそうなものだが。
「俺たちは、動物じゃない」
「動物だよ。如何なる生命も、種を残すという永久命題を抱えている。違うかい。すべての進化、変化は、生き残るためのものだ」
 だから、クルールにはドワーフと人間の恋愛というのは理解できない。彼にとってのドワーフは、友人にはなりえても恋人にはなりえない種だ。
 ヘンリーは応えなかった。
 言いたいことはあるのだろうが、それに相応しい言葉が見つからないようだった。
 クルールは構わず続けた。
 話すうちに、少し喉が渇いたな、と思う。やはり、紅茶のお代わりを頼めばよかった。
「……僕が君を……人間を面白いと思うのは、そうした自然の摂理から外れるところだよ。僕の目には、それは、滅びの道に見える。けれど、実のところ、それは進化の道なのかもしれない。本能を理性が凌駕した上の恋情だということなら、それはとてもひとらしい変化だろう」
 その果てに、滅んだとしても過去の人間たちは自身たちの恋を恥じたりはしないはずだ。理性は人の証なのだから。
 そして、ハーフエルフという混血種族の前例がある以上、確かに人間というのは様々な可能性を秘めた種でもあった。
 生粋のエルフよりも、ハーフエルフのほうが出生率が高い。今は混血を忌む風潮もあるが、その内積極的に人間と交わろうとする一族も出てくるのではないかと、クルールは思っている。
「死滅回遊の恋だとするなら……」
「何の恋だって?」
「……いや、なんでもないよ」
 口を挟んだヘンリーに、クルールは応えを返さなかった。
 説明が面倒だったこともあるが、いささか、自分にしては感傷的な気がして、可笑しくなったからだ。
 ――― 死滅回遊の恋ならば。
 いつかその地にも種を残せることを夢見て冷たく死んでいく魚たちと同じように、ひともいつか、交わることが出来ると信じて、恋をし続けるのだろうか。
 もしそうならば、いつかその夢の果てをこの目で見てみたいと、クルールは思っている。
 ありえないとされてきた混血の叶うとき、その子はきっと異端とされるだろう。
 けれど、まことには、種の希望に他ならないのだ。
 

fin.

 

 FS世界中の異種族恋愛中の皆様、すみません……応援してます。

 ドワーフって、ドワーフ同士でしか子供できません、よね……?シェイプチェンジャーとエルフの間に子供が出来ないっていうのはいつぞや耳にしたんですが。公式設定でそのあたりのことを全て明らかにして欲しいような、欲しくないような……。笑
 現代では、子供が生まれない=違う種という定義だったと思いますが、FS世界では、それをあてはめきれないところもあるんですよね……。
 ちなみにクルールは今までエルフとしか寝てません。…。金髪の……。

 これで、エッカート家とクルールを使って書きたかったことの半分くらいは書いた!多分。残りも、同じような異種族同士の交友云々の話ですが。
 メグは人間で言ったら、30歳前後くらいのイメージ(人生5、60年だった頃の30代?)。