の話

 

「なぁ、エルフってのぁ、なんで耳が長いんだ」
 訊いてすぐに後悔した。
 こんな子供みたいな質問をして、クルールには馬鹿にされるに決まっている。
 休日で、暇で、雪が降りそうなほどに寒い外とは対照的に惜しみなく薪を投じた暖炉のおかげで暖かい室内で、阿呆みたいに和んだせいだ、とヘンリーは燃え盛る暖炉の火に理不尽なケチをつけた。
 だが、予想に反して、赤い革の表紙をした本から顔を上げたクルールは、見慣れた笑みを浮かべることはせず、真顔のまま口を開いた。
「その昔、神は三人の"ひと"をお作りになった。彼らはそれぞれ、エルフ、ドワーフ、人間である」
 そのさまはいっそ厳粛といってもよく、聖書を朗読する司祭にも似ていた。
「神は三人の命の長さをお決めになる際、より自分の声をよく聞ける者に長い命を授けようと仰った。神の仰せを受け、三人は当時まだピザ生地の耳ほどしかなかった己の耳を出来るだけ長く伸ばそうと試みた。力の限り引っ張ったり、柳の枝で撫でてみたり、海水につけてみたりと、それは様々な努力を三人はした。そうして、エルフの耳が一番長くなったので、神はこれにもっとも永い命をお授けになった。次に、ドワーフは耳を伸ばすことは出来なかったのだが、代わりに髭が伸びた。そこで、その努力を認め、中くらいの命をお授けになった。最後に、人間は耳も髭も伸ばすことが出来なかったので、一番短い命を与えられた」
 朗々と語るので、ヘンリーは遮る暇がなかった。
 クルールが口を閉じて、それからようやく
「アホ言え」
 一言文句をつけた。
 笑われはしなかったが、馬鹿にされたには違いない。
 クルールは懲りずに真剣な顔のまま、反論した。だが、声は少し笑っていた。
「失敬な。僕が実際に、とあるドワーフの長から聞いたれっきとした伝承だよ、これは」
「髭くらい、ドワーフじゃなくても伸びるだろうが」
「最初の三人は女だったんだよ。ちなみに、ドワーフは海水に耳をつけようと精一杯屈んだので、背が小さくなったと言う話だ」
 聞けば聞くほど、からかわれているようにしか思えない。
「シェイプチェンジャーはどうした。伸びねぇで、耳が縮みでもしたのか」
 本当の伝承だと言うならそのあたりを説明してみろと投げやりに問えば、クルールは本を閉じて肩をすくめた。
「シェイプチェンジャーが精霊語魔法を扱えない理由を、学会……あるいは教会がどう説明しているか知っているかい」
「はぁ?」
 ヘンリーはしがない学者だが、若い頃にクレリックの修行をしたことがある。短期間ではあったが、教会で教えを受けたこともあるので、その程度のことは知っていた。
「あー、あれだ…シェイプチェンジャーが自然の摂理に反する存在、だからだろ?」
「その理論で言えば、彼らは神の作り給うた生き物ではないんだよ」
 急に深刻な話になったような気がする。
 ヘンリーは組んでいた足をほどき、長椅子に座りなおした。
「どういうことだ、そりゃ」
「教会が言うところの"自然の摂理"というのは、神の手によって作られたものだ。教会の人間じゃなくたって、よほどの偏屈でなければ、この世を作ったのは神だと言うだろう?それに外れると言うなら、彼らは神以外の何者かによって生み出された存在だろう。何ヶ月か前に話題になったキメラ研究と同じようなものじゃないのかな」
「ばかな」
 にわかに信じられる話ではない。
 大体、教会だってそんな話を認めはしないだろう。神以外の存在が、生命を生み出すなど。
 顔を顰めたヘンリーに対し、クルールは気楽そうに笑った。
「ひとつの解釈の話だよ。本当のところ、自分の種族の誕生を見守ったものなどどこにもいない。考えるだけ無駄だろう」
「……」
 確かに、幾ら頭を悩ませたところで答えなど出ようがない。
 ヘンリーにとっては、人間である自分も、ドワーフである妻メグも、シェイプチェンジャーである娘クラリスも―――ついでに、エルフであるこの友人も、同じ重さの命だ。
 だれも知りえようはずのないその種の始まりなど、関係ない。
「……エルフは精霊信仰なんだろう。お前は、この世を作ったのは神だと信じてるか」
「精霊信仰が必ずしも神の存在を否定するわけではないのだけれどね……」
 クルールは説明を面倒くさがるような笑みを浮かべたが、すぐに答えた。
「僕は、神がこの世界を作ったかどうかは知らないが、この世界を作った者を神と呼ぶことにしているよ」
 その両者の違いが、ヘンリーにはよくわからなかった。
「お前も充分偏屈だな」
「まぁね」
 クルールは気にした風もなく頷いた。
 

fin.
 

 普段、私は長命の種族を創作の中で登場させても、あまり耳長にしません。だって、長い理由が分からないし……。

 公式に「精霊が、自然の摂理に反する彼らに力を貸すことを拒む為〜」とあるのですが、実際、FS世界ではどの程度それが認知されてるのでしょうね。そういう解釈や理論付けは、学会や教会が行なっているイメージがあります。
 精霊も神の作りたもうたものとされているんだろうか。でも、もし神と精霊が同じ系統なら、エルフもクレリックを選択できていいと思うんだよなぁ……。

 私は、ついつい科学的見地が常識としてある現代人の視点で「神」をとらえてしまうのですが、実際ファラトリアでは「神はいる」ものとしてとらえられてるんだろうなぁ、とも思います。ひとつの思想としてではなく、真理として宗教があるというか……。
 宗教観の薄い日本人としては、名前と人格と姿のはっきりした神がどこかにいるという感覚は、いまひとつわかりません。
 某先生いわく、「日本の神様は もやっ としたもの」だそうです。笑

 どうでも良い話ですがクルールは、神の存在を信じていないのではなくて、頼らないだけです。

 2007.11