夜は憂鬱の色をしている。
 ラルムの不安を感じ取ったように、枕元へどこからともなく精霊たちが集まって来る。
 薄闇の中で夜空と同じ色をして淡く光る彼女たちに、そっと笑みを浮かべる。
 森で日夜を過ごしていた頃、夜はもっとやさしくラルムを包んでくれた。
 それが、物悲しい色合いを帯びるようになったのは、アルジャンに保護され、第二の家族ともいうべきものを得てからだ。そして、叔父との再会により、記憶の箱が開いた今、涙色の夢はいよいよ彼女の眠りを染め抜く。
(だいじょうぶ、今日はだいじょうぶ)
 やわらかな布団にくるまり、ラルムは自分の右手を左手で包むようにきゅっと握った。
 やさしい友人の口付けを受けた手の甲が、ほんわりと暖かくなった気がする。
 そのぬくもりに誘われるように、ラルムは眠りに落ちた。


――― 落ちていく。

 深い青い渦に飲み込まれ、こどもの身体は落ちていく。
 気泡が絶え間なく昇り、きらきらとした光の天井に弾けるのを見る。
 こどもの身体はかなしみでいっぱいになり、あふれたそれは瞳からこぼれて気泡とともにのぼっていく。
 きらきら、きらきら。
 胸の痛くなるような、うつくしい青い世界。
 やがてその背に冷たい手が触れる。
 水底へ、こどもをつれていくように。
 同時に、救い出そうとする清かな手が頬に触れる。
 懐かしくも慕わしいその手に、こどもがすがりつこうとしたとき、それはほろほろと崩れていく。
 気泡となって姿を失うそれは、母の顔をしており、やがて父へと形を変えて消えていく。
 背後から伸びた温度のない手がこどもをつつみこもうとし ―――

 ぱくり

 不意に、それは丸くきりとられた。いや、かじり取られたと言うべきか。

 ぱくり

 水底の手は、少しも抵抗する様子なく食べられていく。
 不格好に食べられた夢の隙間から、ちらりと鋭いものがのぞいた。
 ハリネズミ頭。
 ぱくりぱくりと、夢は食べられていく。
「……エリザベスさん?」
 こどもは最早こどもではなく、ラルムは瞬いて言った。
 その睫毛の先から、悲しみの名残が弾けてきらきらとしたものになる。

 ぱくり。

 弾け飛んだそれを口の中へ入れて、エリザベスという名の夢食いは口許だけで笑った。
 かの友人が言ったように、それはきっとニヒルな笑みというものだった。
「……」
 ラルムは着々と食べられていく己の夢を見渡した。
 そうしてみると、夢というのは薄い膜のようなもので、それがそっくり自分を包み込んでいたのだと思った。
 欠けた夢の向こうには、何色とも言いがたい不可思議な空間が広がっている。
 懐かしいような、暖かい気配。
 それはラルムの新たな夢だろうか。それとも、エリザベスの連れて来た夢、件の少女が見せる夢 ―― ?
「ラルム……こわいゆめ、なくなった……?」
 ふわりと現れた友人に、ラルムは嬉しくなって微笑んだ。
 

fin.

こっそりちょっぴりジウさん&精霊のエリザベスさんをお借りしましたー!
なり茶にて、夢見の悪いラルムに、ジウさんが夢を食べる精霊を貸してくださると仰っていただいたので!

ラルムの夢は、過去のあれこれ。

2007.12.10