再会
 

- 2 -


 一目見て、すぐに分かった。
 その髪の色も、目の色も、そして顔立ちも、何もかもが似ていたから。
 とうとう、来てしまったのだと思った。
 ペシュは強いてきつく唇を結んだ。
 今にも泣いてしまいそうだったが、それだけはしたくなかった。
 ラルム・オーはあるべき場所へと戻るだけなのだ。
 所詮、仮初の家族でしかなかった自分に、彼女を引き止める資格などありはしないのだと、ペシュは思った。
 クルールと出会う前であったなら、捨てたくせに何をいまさらと、食って掛かりもしただろう。けれど、今はそうではないのだと知っている。
 彼ら父娘が別たれたのは、決して憎しみや非情ゆえではなかった。
 ラルム・オーが口には出さずとも本当の家族に会いたがっていたのも知っている。
「ペシュ、お客さんかい……」
 工房から繋がっている廊下の扉を開けて、アルジャンは口をつぐんだ。
 彼もまた、娘と同じように、一見して現状を把握した。
「お前が家主か」
 姿こそ、親子というよりは兄妹のようにそっくりだったが、声は、それほど似ていなかった。
 ラルム・オーの父ということは、クルールの兄にあたるのだろうが、彼ともそれほど似ていないな、とアルジャンは思った。
「ええ、そうです。アルジャン=クローデルと申します」
 アルジャンはさりげなくペシュの頭を抱き寄せる。
 賢い我が子が、姉との別れを恐れながらも堪えているのが、よくわかった。
 ラルム・オーと同じ色をした目が、きつく此方を見据えている。
「俺はアルカンスィエル。ラルムは俺の子だ、連れて帰る」
「おとうさま……!」
「失礼するよ」
 ラルム・オーが戸惑いがちに声を上げたとき、再び家の戸が開いて、第三者が姿を現した。
 その男は、ぱんぱんと手を叩いて乾いた音を立てた。
 口を開きかけていたアルジャンとアルカンスィエルは、それで言葉を発する機会を失った。
「アーク、君は尚早に過ぎる。まぁ、彼らの話も聞き給えよ。すぐに連れて帰れるものなら、クルールがそうしたろうよ」
 男 ――― ミストラルは言い、クローデル家の面々に簡単な自己紹介をすると、
「悪いけれど、お茶を淹れてもらっても良いかな。誰かさんが急ぐものだから、ここ数日、強行軍でねぇ。疲れているのだよ」
 すこしも疲れの見えない顔でそんなことをペシュに言い、勝手に椅子に座った。
 緊迫していた空気は一瞬にして蹴散らされ、かわりにどことなく間の抜けた奇妙な様相となった。
「ペシュ、頼むよ」
「う、うん……」
 アルジャンに促されて、ペシュはぎこちなく台所へ向かう。
 アルカンスィエルはといえば、暫く仏頂面でミストラルを睨んでいたが、依然肩を抱いたままの娘にすがるような眼をされて、渋々席についた。
「ここは居心地が良いねぇ」
 ミストラルは暢気に呟いた。 


*           *           *
 

 こちらへ向かってくる人の存在にはすぐ気がついたが、クルールは知らぬふりをして振り返らなかった。
 街外れの、人気のない丘の上の強い風に、中途半端な長さの黒髪が鬱陶しく揺れる。
「クルール」
 その呼び声は、ほんの少し苛立ちを帯びていた。
 先ほどは、名を呼ばれる間もなかったから、その声を聞くのは久しぶりだった。前に聞いた声も、今のような響きをしていた気がする。
 自分は彼を怒らせてばかりだな、と反省するでもなくクルールは思った。
「おい」
「聞こえてるよ」
 焦れたように言う相手に、クルールはようやく振り返った。
 視線の先に、この上なく不機嫌そうな兄がいた。
 その手が伸びて、頬に触れる。
「わざとよけなかったな」
 熱をもったそこに、手袋をしないアルカンスィエルの手がひんやりと心地よい。
 どう応えても怒られる気がして、クルールは曖昧に笑んだ。
 殴られるのは当然だと思ったし、むしろ詫びるかわりに今こうしてまた別の怒りを抱いている兄は甘すぎると思った。
「報せなかったのは、僕が悪い」
「ラルムは自分が頼んだのだと言っていたぞ」
「ラルムは、かえりたくないと言っただけ」
「同じことだろう」
 弁解もせずに大人しく殴られた弟に、アルカンスィエルは腹を立てている。
 いつもそうだ、と思う。
 自分ばかりが感情的になって、相手は微笑ばかりを浮かべて何も言わない。 
 アルカンスィエルは、今も困ったような笑みを浮かべている弟の顔を睨めつけた。
 久方ぶりに見る顔だった。
 クルールがエルフの里を出る前にも、いっとき兄弟は距離を置いていたから、本当に久しぶりだった。
 それこそ、――― フローリアが死んで以来、こんな風にして向き合うのは初めてのことだろう。
「だいたい……」
「うん?」
「大体、お前、この髪はなんなんだ、この髪は!」
 頬に触れていた手で、今度はその髪を苛立ち紛れに引っ張った。
「アーク、痛い」
「お前がでていってからどれだけ経つと思ってるんだ。とっくに帰る長さのはずだろうが!なんで、こんなみすぼらしい頭をしてるんだ」
 そもそも、旅を出る際に断髪してしまうことさえアルカンスィエルは納得していなかった。
 クルールの髪に執着しているわけではない。彼がその身をないがしろにしている気がして嫌なだけだ。
 昔から、弟にはそういうところがあった。
 習俗として誰もが髪を伸ばしている中、一人、突然に髪を切り落として母を驚かせたりしていた。
 一族で一人黒髪なのを気にしているのかと問えば、そんなことはないと返ってくる。
 ただ、好きにはなれないだけだと。
 それが、アルカンスィエルの気に入らない。
「帰ってこなくて心配してたのはラルムだけじゃない、お前もだ!」
 強い口調で言った兄に、クルールはぱちんと瞬いた。
 心底不思議そうな顔をして言う。
「……どうして、アーク。僕はいつもちゃんと帰るだろう。おかしなことを言うね」
「ろくにいやしないくせに、よく言う」
 一蹴されて、 クルールは苦笑した。
 アルカンスィエルの言うことは本当だったから、弁解の言葉はなかった。
 彼はいつでも正しい。
 間違っているのは、本当のことを言わないのは、クルールだ。
 自覚はある。
 それでも、クルールは改めようという気持ちにはならなかった。
 クルールは兄のことを尊敬しもし、愛してもいるが、それでも ――― だからこそ、譲れない一線がある。
「心配しなくても、ちゃんと僕は帰るよ」
「当たり前だ。ラルムもお前も連れて帰る」
 アルカンスィエルは言い切り、顔を背けた。
 風が、長い薄金の髪をさらう。
 目を細めてそのさまを見ながら、クルールは口を開いた。
「……ラルムは帰ることに賛同したの?」
 アークは言葉に詰まったようだった。
 眉間の辺りに苛立ちが漂う。
「連れて帰らないわけにはいかないだろう。あれは、エルフじゃないんだ」
 ラルムの成長具合からいって、彼女を妖精界に連れて帰れるのは今年か来年が限度だ。
 人間の時間の中で老い始めてしまったら、一族は彼女を歓迎しない。
 アルカンスィエルが焦るのも仕方のないことだった。
 もしも人として生きるのなら、その命はあっという間に尽きてしまう。
「ラルムが人間として生きたいといったら?」
 アルカンスィエルは、すぐには応えなかった。
 間をおいて、クルールが応えを待つ姿勢を崩さないのに腹を立てたように短く、
「言うな」
 低い声で言った。

 

That's all ..... ?


 
 ミストラル、変なひとだな……。
 アークは苛苛してばっかりで、描写のバリエーションがなくって困ります。語彙が足らん。
 彼らの一族で、いまのところ人間界をふらふらしてる物好きはクルールだけです。
 これ、どう続けたら良いのかなー……。終わって良いですか。
2007.12.27