Aleksei=Claudel

 


 アレクセイは兄を殴ることに躊躇しなかった。
 容赦というものを忘れた拳は、ただでさえ喧嘩慣れなどしていないであろう兄がまったく避けようともしなかったせいで、直後にやりすぎたと彼が感じる程度には見事に決まってしまった。
「くそったれ!」
 馬鹿みたいに大人しく殴られた兄と、殴り飛ばした兄の身体にぶつかって騒がしく倒れた椅子と、それから少し後悔を覚えてしまった自分自身に、アレクセイは罵声を吐きかけた。
 もともと、仲がいいとは言えない兄弟だった。
 年は近かったが、親の仕事を学び、家を継ぎ、長男としての義務を従順にこなすアルジャンと、幾度も叱られながら夜遊びを繰り返しろくでもない仲間たちとろくでもない人生経験を積んできたアレクセイとでは、仲良くなりようもなかった。
 それでも、家族には違いなかった。アレクセイは、死んでも口に出して言うつもりはなかったがそれなりに兄というものを尊敬していたし、兄がいるからこそ自分が好き勝手できるのだということを理解していた。
 だから、アルジャンが彼女と結ばれることにだって、口出しなどしなかったのだ。
 素行の悪い自分では、オーレリーの親に認められなかったが、アルジャンは違った。だから、兄と彼女が結ばれることこそが、正しいことなのだと、思っていた。
 そう、思っていたのに。
 アルジャンは、オーレリーのこともアレクセイのことも裏切った。あの慎ましやかながらも華やかなだった結婚式で、彼らを祝福したすべての人間を裏切ったのだ。
「何とか言えよ!」
「……」
 激昂する弟を、アルジャンは静かな目で見つめていた。其処には怒りの色はおろか、アレクセイに対するいずれの感情も浮かんではいなかった。硬い、何もかも諦めきったような、それでいて、頑なに譲らない、拒絶の目。
「アレクにいうことは何もないよ」
 アルジャンは立ち上がりもせず、床の上に無様に座り込んだまま言った。
 ようやく口を開いたかと思えばそんなことを言った兄に、アレクセイは激昂した。
「ふざけんじゃねぇ!」
 大股で歩み寄り、その胸倉を掴みあげる。
 アルジャンは眉一つ動かさなかった。
 どうしようもなく腹が立つ一方で、アレクセイは恐ろしくもなる。
 兄に、こんな不動の一面があるなど、全く知らなかった。目の前のアルジャンは、アレクセイの知らない男だった。
「オーレリーとのことは、彼女と私の問題だ。お前に言うことは、何もない」
 淡々と、事実を突きつける声。
「お前とオーレリーのことは、お前たち二人の問題だ。好きにすれば良い」
「てっめ……!別れたから、もうオーレリーのことはどうでも良いって言うのかよ!」
「そうは言ってないよ」
 兄の言に理があることはわかっていた。
 わかっていたが、納得はしたくなかった。
「なんで……なんで裏切ったんだ……っ」
 アレクセイは兄の服を掴んだまま俯き、唇を噛んだ。
 悔しかった。兄と、自分の好いた女が結ばれたことが。
 腹立たしかった。兄と、自分の好いた女が幸せになれないことが。
「どうして……!」
「全て私が悪いんだ」
 聞きたいのは、そんな言葉ではなかった。

 

fin.
 

何でこんなものを打っているのか、私にも分かりません。本当に分かりません。
2007.10.02

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